虎の巻その40 病院の集患を成果につなげるには? 来院経路分析から考える広報・デジタル戦略
はじめに
こんにちは。虎兄(とらにぃ)です。病院経営コラム「病院経営~虎の巻~」。
「今年度、ウェブサイトのリニューアルに500万円かけたのに、患者数が増えない」「SNSに力を入れているが、効果が実感できない」。
こうした悩みを抱える病院は少なくありません。
ただ、問題の本質は広報施策そのものの良し悪しではなく、「患者がどこから来ているのか」を十分に整理しないまま、施策を選んでしまっている点にあります。
病院の広報戦略というと、「どんなウェブサイトを作るか」「どんな広告を出すか」といった施策の話から始まりがちです。しかし本来はその前に、「誰の判断で、どのような経路を通って自院が患者に選ばれているのか」を把握することが欠かせません。
集患の起点は「来院経路分析」にある
来院経路とは、患者が来院に至るまでの「道筋」のことです。救急で搬送されるのか、かかりつけ医から紹介されるのか、それとも患者自身がインターネットで調べて来院するのか。この違いによって、「誰に」「何を」「どう伝えるか」は大きく変わります。
例えば救急搬送が中心の診療領域では、搬送先の病院の選定に救急隊の判断や各病院の受入可否が強く影響します。この場合、救急隊との情報連携や自院の受け入れ体制の周知が、広報や連携の施策として重要になります。
一方で、患者本人がインターネット上の情報を比較検討した上で来院するような疾患の領域では、ウェブサイトの情報設計やSEOが効果を発揮しやすくなります。
来院経路を把握することは、「誰に、何を、どう伝えるべきか」を考える上での第一歩であり、広報戦略の出発点そのものといえます。
来院経路を無視した広報投資の失敗例
来院経路を把握しないまま広報戦略を立てると、意図しない投資判断につながることがあります。
①来院の80%以上が紹介なのにウェブサイトを充実させる
ある病院では、前立腺がんの集患に課題を抱えていため、その解決を目的にウェブサイトを大幅にリニューアルしました。詳しい解説ページを作成しましたが、患者数に大きな変化は見られませんでした。
院内で来院経路を整理してみると、前立腺がん患者の大半は、泌尿器科のクリニックからの紹介や院内の内科外来からの受診でした。PSA検査で異常が見つかった人は、かかりつけ医の紹介で来院するケースが一般的で、本人が検索して病院を選ぶ場面は限られていたのです。
そこで翌年は、地域の紹介元医療機関に向けて、診断や治療の特徴や連携の流れをまとめた資料を整備しました。その結果、紹介数が増加しました。
②競合病院のマネをする
「隣の病院がネット情報発信をしているから、うちもSNSやウェブ広告をやろう」。こうした発想で広報施策を決める病院は少なくありません。
ある病院では、競合病院に倣って年間200万円の予算でリスティング広告を始めました。
しかし、広告経由の来院は月に数件。費用対効果が合わず、期待した成果につながりませんでした。
後から来院経路を確認すると、競合病院は直接来院が多い診療構成だったのに対し、この病院では紹介による来院が大半を占めていました。競合する病院にとって有効な施策が自院にとっても効果的とは限らないのです。
③全方位戦略を採用する
「あれもこれもやれば、何か効果が出るだろう」。
こうした考えから、ウェブサイトの充実やリスティング広告、SNS、医療機関向け広報、地域イベントなど、幅広い施策に少しずつ予算を配分する病院もあります。
しかし、予算が分散すると、どの施策も中途半端になり、明確な成果が出にくくなります。年間200万円の広報予算があっても多くの施策に分配すれば、1つ当たりの投資額は限られます。これでは、どの取り組みも十分に機能しない可能性が高くなります。
来院経路を分析すれば、患者の多くがどの経路から来院しているかがわかります。であれば、その主要経路に予算と人手を集中させることが効果的です。
診療科別にみる来院経路と広報戦略の実例
来院経路は診療科や疾患によって大きく異なります。ここでは私が実際に関わった3つの診療科を例にして、来院経路の特徴と、それに応じた広報の考え方を整理します。
①整形外科
整形外科は、同じ診療科の中であっても、疾患によって来院経路が大きく変わります。
骨折・外傷
骨折や外傷の患者の来院経路は、救急搬送、他院紹介、患者の直接来院など、症状の程度や内容によって分かれます。
重症の骨折では、患者本人が搬送先を選びにくく、救急隊が受け入れ可能な病院へ搬送します。一方、軽症の骨折や捻挫はクリニックで対応されることが多く、医療資源が乏しい地方以外では、病院に直接来院するケースは限られます。また、軽傷例は診療密度が低く、病院としての受け入れ優先度も相対的に下がります。
そのため、骨折や外傷の患者を増やすための広報施策は、二次・三次救急の指定を維持すること、整形外科の当直体制を整えること、そして救急隊との連携を強化することが中心になります。
患者向けのウェブサイトやSNSへの投資効果は限定的になりやすいです。
人工関節手術
人工膝関節や人工股関節の手術では、他院からの紹介に加えて、患者本人が病院を比較検討して来院するケースも少なくありません。「どこで手術を受けるか」を、時間をかけて調べる傾向があります。
そのため、広報施策は2つの柱が必要です。1つは、整形外科クリニックに情報提供することです。手術実績や専門医の在籍、対応可能な手術方法などを整理した資料を用意します。
もう1つは、ウェブサイトのコンテンツを充実させることです。「人工膝関節 手術」「変形性膝関節 手術」などの検索を通じて来院する患者に対し、治療方針や実績、医師の経歴などをわかりやすく伝えることが重要になります。
スポーツ外傷
前十字靭帯損傷などのスポーツ外傷は、患者の直接来院が多くみられます。比較的若い患者が多く、自分でインターネットやSNSを活用して情報収集を行います。
「ACL手術」「前十字靭帯 名医」などのキーワードで検索し、手術実績や復帰までの流れなどを調べた上で病院を選ぶ傾向があります。
この領域では、ウェブサイト上で専門性を訴求することが重要です。詳しく説明することで病院の信頼感を高めることができます。
②血管外科
血管外科も、疾患によって来院経路が大きく異なります。
下肢静脈瘤
下肢静脈瘤は、足の血管が浮き出るといった見た目の変化から患者自身が気づきやすい疾患です。そのため、患者の直接来院が多く見られます。
美容的な悩みも受診動機の1つとなるため、「下肢静脈瘤 病院」「下肢静脈瘤 手術」といったキーワードで検索し、治療可能な医療機関を探す患者も多いです。
高齢者や女性に比較的多いことが特徴で、国内の患者数は1,000万人以上と推定されています(愛媛大学公衆衛生学教室 小西正光氏らによる2005年の調査に基づく推計値)。
下肢静脈瘤の患者を集めるにあたっては、ウェブサイトが重要な役割を果たします。治療方法や方針、手術後の経過などをわかりやすく伝えることが効果的です。また、女性医師が在籍していることや、見た目の悩みに配慮した診療方針であることを伝えることも有効でしょう。
一方で、日帰り手術を前面に打ち出すクリニックも増えています。重症例や基礎疾患を持つ患者への対応力、他科との連携体制など、病院ならではの強みを丁寧に伝えることが重要です。
閉塞性動脈硬化症(ASO)
閉塞性動脈硬化症(ASO)は、他院や他科からの紹介で外来受診につながるケースが多い疾患です。患者は「足が痛い」「足が冷たい」といった症状で整形外科や内科を受診し、検査を通じて初めてASOであると診断されるケースが多いです。
この場合の広報施策は、地域の内科医や整形外科医に向けた情報発信が中心になります。診断や治療の対応範囲を明確にし、紹介しやすい体制を伝えることが重要です。
透析シャント関連
透析患者のシャント造設やトラブル対応は、自院に透析部門がない限り、他院からの紹介による来院が中心となります。
地域の透析クリニックに対して、シャント手術の実績や緊急対応の可否、対応可能な曜日や時間帯などを整理して伝えましょう。
③産婦人科
正常分娩を取り扱う産科では、出産する病院を妊婦とそのパートナーが自ら比較、検討し、分娩予約を行うケースが一般的です。
そのため、医療機関側から当事者に向けて、必要な情報を直接発信していくことが欠かせません。
出産する病院を検討する過程では、他の診療科に比べて多くの情報収集が行われます。分娩方針や施設の設備、院内の雰囲気などは病院ごとの差が大きく、ウェブサイトや口コミを通じて比較されやすい領域です。
特に、医師や助産師の対応、分娩時のサポート体制、施設の環境や食事といった「体験価値」は、病院の選択や受診後の満足度に大きく影響します。
こうした背景から、ウェブサイトは産婦人科において非常に重要な情報発信の場となります。設備や診療内容だけでなく、妊婦が抱きやすい不安や疑問を解消できる内容を、丁寧に伝えることが求められます。
また、産婦人科は他科と比べて、InstagramなどのSNSと相性が良い診療科です。文字だけでは伝わりにくい魅力を効果的に届けることができます。運用する際は、妊婦や職員のプライバシーに十分配慮し、院内で運用ルールを整えたうえで活用することが大切です。
より実践的な来院経路分析に必要な視点
来院経路を分析し、実効性のある集患や経営戦略につなげるためには、過去のデータや現在の経路構成を把握するだけでは不十分です。次のような視点も併せて整理しておく必要があります。
●診療圏(地域)ごとの人口構成や患者の流動性、市場規模
●競合する病院やクリニックの立地、機能、集患の特徴
●自院の症例数や診療科目ごとの強み、実績
●地域の患者層の特性やニーズの変化
これらの情報を重ね合わせることで、「どの診療科や疾患に伸びしろがあるのか」「どの来院経路にリソースを重点的に投下すべきか」、といった戦略的な判断が可能になります。
例えば、自院が紹介中心の病院で、地域全体の患者数が減少傾向にある場合には、紹介元へのアプローチ範囲や情報連携の内容を見直す必要があるかもしれません。一方で、競合が少ない診療領域があれば、「新たな来院経路の開拓を検討する」といった選択肢も見えてきます。
来院経路を軸に、地域環境から競合病院の状況、将来の変化まで含めて俯瞰的に分析する視点は、一般企業で行われる「マーケティング環境分析」に相当します。これからの病院経営において、欠かせない考え方の1つといえるでしょう。
まとめ:来院経路分析は病院広報の出発点
病院の集患活動は、「診療科ごとに来院経路が異なる」という前提を理解してはじめて、効果を発揮します。
整形外科、血管外科、産婦人科の実例からわかるように、求められる広報施策は診療内容によって大きく異なります。ウェブサイト、医療機関向けの情報提供、SNS、広告などの施策を無差別に実施するのではなく、来院経路に合わせて最適化することが重要です。
地域の人口動態や競合状況といった環境要因を踏まえることで、戦略の精度は大きく高まり、限られた予算でも費用対効果の高い集患につながります。