虎の巻その38 岐路に立つ精神科病院の経営。近年の政策や診療報酬の傾向から今後の経営戦略を考える(上)
はじめに
こんにちは。虎兄(とらにぃ)です。病院経営コラム「病院経営~虎の巻~」。
国は地域医療構想の中で、入院医療中心から地域生活中心への移行を進めつつ、精神医療提供体制の適正化と効率化を図ってきました。最新の統計を見ると、2025年3月現在の国内の精神病床の数は315,376床(厚生労働省「医療施設動態調査(令和7年3月末概数)」)で、必要量の推計に基づく適正化の議論が続くなか、今なお過剰であるとされています。
入院が必要な患者の数は、国の地域移行の方針のほか、人口の減少、外来機能の強化、統合失調症の薬の進歩などを背景に今後も減少すると考えられ、精神科病院は病床数の適正化に向けた取り組みが強く求められています。
本コラムでは、近時の精神科病院の入院ニーズや診療報酬の改定、医療政策を振り返りながら、精神科病院において今後求められる経営戦略の方向性を整理します。
統計データでみる精神科病院の現状
近年、国内の精神疾患を持つ患者数は増加傾向にある一方で、入院患者数は減少しています。2002年には約34.5万人だった入院患者数は、2023年には約26. 6万人にまで減少。病床数も同様に、2002年の約35.6万床から2023年には32.4万床へと減少しています。
(厚生労働省「精神保健医療福祉の現状等について」)
精神科病床の平均在院日数は2003年に348.7日だったところ、2023年には263.2日まで低下しており、20年間で実に85.5日短くなっています(厚生労働省「医療施設調査・病院報告の結果の概要」)。
一方で、外来患者は増加傾向にあります。
高齢化に伴って認知症の患者が増加しているほか、入院治療中心から地域ケア中心へ移行が進む統合失調症や神経性障害、ストレス関連障害の患者が増えています。年齢別では、0~24歳の年齢層の患者の増加率が非常に高いことがわかります。(厚生労働省「精神保健医療福祉の現状等について」)
精神医療政策の流れ
2004年に厚生労働省が発表した「精神保健医療福祉の改革ビジョン」において「入院医療中心から地域生活中心へ」という理念が示されて以降 、地域移行支援、自立生活支援、地域定着支援などを組み合わせた支援が制度化され、推進されています。
このような地域移行の取り組みのほか、薬の進歩や治療方法の変化によって入院患者数や平均在院日数が減少していることから、精神科の病床数は現状のままでは今後さらに過剰になると考えられており、病床数を削減する政策誘導が行われています。地域医療計画の目標設定では、各都道府県の医療計画において基準病床数の算定式が見直され、実質的な病床削減を促す仕組みになりましたが、多くの地域では依然として既存の病床数が基準病床数を上回っている状況です。
2024年の診療報酬改定における主な変更点
2024年度の診療報酬改定では、精神科入院医療の評価に大きな変更がありました。
主な変更点として、次の5点を説明します。
①精神科地域包括ケア病棟入院料の新設
②精神科入退院支援加算の新設
③通院・在宅精神療法における点数の変更
④早期診療体制充実加算の新設
⑤地域移行機能強化病棟入院料の継続、要件の見直し
①精神科地域包括ケア病棟入院料の新設
精神科地域包括ケア病棟入院料とは、精神科領域における地域包括ケアシステムの構築を進めるため、精神疾患を持つ患者の地域移行・地域定着に向けた重点的な支援を提供する病棟を評価する入院料です。
算定期間は、精神科救急性期医療入院料、精神科急性期治療病棟入院料、精神科救急・合併症入院料(精神科救急急性期医療入院料等)を算定した期間と通算して最大180日です。精神科の患者特性を考えたとき、90日の算定期限と段階的に点数が下がる仕組みを持つ精神科救急性期医療入院料と比べ、算定可能期間が長い点をメリットと感じる病院は多いでしょう。
一方で、入院患者の7割以上が6か月以内に退院して自宅等へ移行することが原則必要です。また、後述する精神科入退院支援加算に関する届出が基準に含まれることから、退院支援計画を早期に作り始める必要があります。さらに、他職種の重点配置が求められており、看護職員や作業療法士、精神保健福祉士、公認心理士の職種を13対1以上配置することとされています。
急性期の病床を持つ病院が同入院料の算定を検討したとき、現状では運営上の負担が非常に大きく、ハードルが高いと感じる病院が多いようです。入院料の新設から約1年半が経過した2025年10月現在、厚生局への届出数は全国で30件強に留まっており、新たに算定しようとする動きは低調です。
②精神科入退院支援加算の新設
精神科入退院支援加算とは、入院早期からの包括的な支援マネジメントに基づく入退院支援を評価する加算です。点数が比較的高い一方で(1,000点、退院時1回)、看護師や精神保健福祉士が地域の障害福祉サービスなどと連携を図りながら患者の在宅復帰を支援する必要があり、密度の高い対応が求められます。
③通院・在宅精神療法における点数の変更
通院・在宅精神療法において、診療時間に応じた点数設定に変更がありました。診療時間が30分以上の場合、従来と比べて据え置きか引き上げになりますが、30分未満の場合は引き下げられています。この変更によって、収入が減少している精神科の診療所があると考えられますが、短時間診療中心の外来運営を行っている一部の精神科病院にも影響が及んでいるのではないでしょうか。
④早期診療体制充実加算の新設
早期診療体制充実加算とは、精神科が早期に適切な通院精神療法を開始することを評価する加算です。最初の受診日から3年を境として点数に差が設けられています。算定を検討している場合、時間外診療や精神科救急医療の提供など、地域における精神科医療の提供体制への貢献が求められている点にも注意が必要です。
⑤地域移行機能強化病棟入院料の継続、要件の見直し
地域移行機能強化病棟入院科とは、長期入院患者の地域における生活へのスムーズな移行を支援する入院料です。入院日数に応じて段階的な報酬が設定されています。
2024年の診療報酬改定のタイミングで、届出の期限が2030年3月に継続延長されました。延長の背景には、当初の想定よりも届出数が少なかったことや精神保健福祉士等の人材確保が難しいことがあると考えられます。
継続の決定に合わせて、長期入院患者の退院実績要件が見直されているほか、病床削減の要件が強化されています。
まとめ
国は精神科としての地域包括ケアを推進しており、2024年の診療報酬改定においても、入院医療の機能分化促進、多職種連携の強化など、地域移行に取り組むインセンティブが強化されています。
次回コラム「岐路に立つ精神科病院の経営。近年の政策や診療報酬の傾向から今後の経営戦略を考える(下)」では、近年の政策や診療報酬改定の方向性を踏まえた精神科病院の経営戦略を整理します。